
岩手県の県庁所在地である盛岡市から西に向かうと、車窓から見える景色が、市街地からたちまち青々とした水田へ、そして東北の中枢部を成す、生い茂った森と山に変わっていく。盛岡と秋田を結ぶ田沢湖線は、本数が少なく、次の列車まで少なくとも1時間以上待つことになる。時の流れがゆったりとした生活は、気分転換にもなるが、もどかしさもある。
8月のある暖かい朝、雫石駅に到着した筆者は、銀河高原ビールの代表取締役・岡秀憲と待ち合わせをした。親切にも通勤途中で迎えに来てくれ、話をする時間が少し増えた。岡は50歳に近づいているが、とても元気で、はつらつとしている。ブルワリーでの現場仕事と、趣味の山登りも一役買っているのだろう。彼はポジティブなエネルギーにあふれていて、彼と話をしていると、誰しも元気になるようだ。
山深い道を30分ほど進むと西和賀町にたどり着く。道を遮るような小川の横にある、くねくねと曲がった山道を進んでいるとき、岡は、この町には人間より熊のほうが多いかもしれない、と冗談めかして言う。熊が道路を横ぎるのを少し期待してしまった。この町は5700人程度の住民が住んでいるが、若者がより多くの雇用機会やワクワクする環境を求めて都市部へ流出していることで、人口は急激に減っている。岡は、ここでは80歳以上が「高齢者」とみなされ、50代ならまだまだ赤ん坊なのだと笑いながら話す。
主要道路から脇道に入り、数百メートルほどでブルワリーに到着した。ここは森に囲まれている。やさしい風が頬をなで、岡は、建物前に広がる、広大な芝の木陰でインタビューを行うのにぴったりの天気と考えた。ブルワリーからかすかに聞こえてくるコンプレッサー音以外には、鳥のさえずりと虫の鳴き声だけが響いている。木材で半分覆われた外観は、伝統的なバイエルン地方の建築を思わせる。左側にはレンガ壁のロッジがあるが、現在改装工事中だ。全盛期なら、滞在するのには最高の場所だっただろう。現在は、長く続いた経済状況の悪化を象徴する建物になっている。2017年11月、岡は現在の状況を好転させるという、困難だがやりがいのある仕事を引き受けた。
20年前、銀河高原は日本のクラフトビール界で頂点に立ち、絶頂期にあった。豪華な4つの醸造施設を有し、ブランドは品質の良さで知られていた。当時は、国内で一番大きいクラフトブルワリーだった。銀河高原ビールは、起業家の中村功により、中村が代表を務める東日本ハウス株式会社の一部として1996年に創業。これは岩手県の沢内村(現・西和賀町)の経済活性化を目的としたものだった。岡によると、中村は銀河高原ビールを、90年代半ばの酒税法改正後、全国各地に次々と立ち上がったお土産ビールメインの小規模ブルワリーのようにするつもりは一切なかった。トップに登りつめることを目標としていたのだ。ビール業界の大企業に匹敵する会社にしたかった。会社を設立したとき、大手が販売する大量生産のラガーとはまったく異なったビールをつくりたいと思い、ドイツのビール純粋令を順守した、ドイツスタイルのヴァイツェンビールを製造することに決めた。
岡はこう話す。「銀河高原ビールに来て一番大切にしたかったのは、ビールに込められた創業者のフィロソフィーや思いを理解することでした。ですので中村さんに関するたくさんの本を読み、関係者に話を聞いたりしました。近頃は皆クラフトビールを知っていますが、20年前は日本でクラフトビールを知っている人は誰もいませんでした。ヘフェヴァイツェンがなにか、説明できる人はいなかったのです。中村さんが、新しいビールのスタイルを日本に広めようとしたのは大変すばらしいことだと思うのです」
中村は、前述の大がかりな設備を、那須(栃木)、阿蘇(熊本)、飛騨(岐阜)と本工場の沢内村(岩手)にそれぞれ建てることに大金をつぎこんだ。すべての施設には醸造設備、ビアホールとイベントスペースがあり、醸造と観光用に設計されていた。全盛期には、銀河高原ビールは日本で最大のクラフトビールのメーカーであり、年間生産量は4拠点合算で1万キロリットルに迫っていた。テレビでもコマーシャルを流していたので、クラフトビールを飲む飲まないにかかわらず、40~50代の人ならブランドを知っている。
不運なことに、2000年初頭も続いていたクラフトビール市場不況が起こる直前に、同社は大規模な投資を行っていた。2001年には売り上げが落ち始め、阿蘇と飛騨の工場は閉鎖を余儀なくされた。2005年には、莫大な借金の弁済のため、会社は清算せざるをえなくなった。沢内村の本工場を除き、すべての施設を売却することになったのだ。
銀河高原ビールは、主力ビールのヘフェヴァイツェン「銀河高原小麦のビール」への強い思いと、忠実なファン層のおかげで10年ほどは持ちこたえた。しかし、新しいファン層の獲得失敗、品質管理問題と組織運営の戦略不足があいまって、財政状況は改善しなかった。そして親会社(現・株式会社日本ハウスホールディングス)は売却を決めた。2017年9月28日、クラフトビール国内大手のヤッホーブルーイングが株式を100%取得し、銀河高原ビールを買収した。
その当時、岡はヤッホーブルーイングでマーケティングと物流企画のディレクターを務めていて、同社の成功に大きく貢献している。さかのぼること2000年に、岡はヤッホーでの仕事に応募していたが、市況の悪化による財政難で雇ってもらえなかった。しかし、状況が改善し次第ブルワリーへ異動する条件で、親会社である星野リゾートから人事部門の仕事をオファーされた。2007年にその時はやってきた。約束通り、岡をヤッホーの醸造スタッフとして異動させた。ヤッホーで過ごした10年間で、岡は生産、パッケージング、品質管理と人事部門で働いた。会社のあらゆる分野で研鑽を積んでいくと同時に、昇級もしていった。岡はクラフトビールの立役者の一人になっただけでなく、ビアジャッジとして、また日本のクラフトビールの代表者として、国際的にも一目置かれるようになった。
彼のヤッホーでの活躍に、多くの人はうらやむだろう。同社は労働環境と従業員の満足度で、日本国内の企業の中で上位にしばしば選出されている。そこで筆者は疑問を持つ。「苦労するのが目に見えているのに、なぜそのような恵まれた環境から離れようとするのだろう?」
岡はこう答えてくれた。「いい質問ですね!」そして少しの間考えてこう話した。「挑戦することが好きなのです。従業員が20人しかいなくて、誰もよなよなエールを知らなかったときにヤッホーに入社しました。技術面でも設備面でも課題ばかりで、お金もない、人も足りないという状況でした。今ではヤッホーブルーイングは国内のクラフトビール最大手となり、よなよなエールは全国でもっとも著名なブランドとなりました。人材の面でも、全国から優秀な人材が集まってきています」
「責任者として、ヤッホーの成長に貢献してきたことには満足していて、かつ誇りに思っています。しかし、どこか心が満たされない部分がありました。よなよなエールの成功で、目標としていた山を登頂した気持ちになったのです。山の頂にいると、遠くにある別の山頂が見えてきます。そして、その山に登りたくなるのです。まさにそれが私が感じていたことでした。そしてちょうどそのときに、銀河高原ビールでの仕事について社内の公募がありました。20年前に日本で最も知られていたクラフトビール『銀河高原ビール』をもう一度、日本のトップブランドにすること。これほど私をワクワクと興奮させる仕事はありません。直ちに応募をした次第です」
事業縮小後、銀河高原ビールではさまざまなことに変化があったが、一つだけ変わらなかったもの、それはビールだったと岡は言う。ブルワーはレシピを変えてきたかもしれないが、銀河高原はいつでもビール純粋令にもとづいてビールをつくってきた。岡は、それまでクラフトビールといえば、米国と英国の醸造方法しか関わってこなかった。銀河高原での醸造過程は初めてのことが多かった。ドイツをたびたび訪れたりと、ドイツビールには慣れ親しんでいたが、伝統的な醸造工程についてはほとんど知らなかった。
ヤッホーでは、膨大な量のドライホッピングや樽熟成に大きく携わっていた。ドイツに行って、現地の醸造方法法を目にしたとき、彼は「興味深いけども、そこまで面白くはないな」と思った。しかし、銀河高原へ来たとき、新しい世界が開けたと感じた。彼は次のドイツ訪問を楽しみにしている。伝統的な醸造法を学ぶために、できるだけ多くのブルワリーを訪問し、ブルワーから意見を聞く予定だ。

銀河高原で働き始めたとき、前の従業員も引き受けることになった。彼を含めると、25人ほどの従業員で、ヤッホーに入社したときとほぼ同じ数だった。しかし、社風の違いはあるのではないだろうか? なぜならヤッホーでは、楽しい合唱団や応援団のような雰囲気だと聞いている。
岡の回答はこうだ。「社風はまったく違いました。恐らく、岩手県人の気質によるところが多いと思います。グループ写真を撮るとき、ヤッホーでは全員が前に出て、よなよなエールの缶を振ってにぎやかな写真が撮れると思いますが、こちらでは皆真面目でおとなしい雰囲気です。ただし、ビールをつくることに関しては、双方とも、とても真面目で勤勉です。ここに来て1か月後には、ここのスタッフとなら成功できると確信しました」
社員を信頼することは成功するための大切な要素だが、かつて業界のトップに君臨していたブランドをよみがえらせるために、どういう計画を練っているのだろうか。岡は、新しいファン層を獲得することが一番の課題だと認めた。同社の忠実なファンには中年層が多い。20代や30代の若者に、銀河高原ビールを買うように説得するのは難しい。どうすればよいのだろうか。
「原点回帰」は、現在の岡にとっての指針となっている。にごったIPAや木樽熟成のビールなど、流行を追う気は毛頭ない。銀河高原らしくないのだ。銀河高原ビールのヘフェヴァイツェンを世界レベルで認知されることを第一の目標に掲げることにした。ヘフェヴァイツェンは、売り場の中でも質の高いビールとして長年扱われていたが、岡の注文はさらに上をいくものだった。
ブルワリーでは、品質向上のため、彼は徹底的な取り組みを行っている。岡は、銀河高原が伝統的なドイツビールを、ブレることなくつくり続けていることは称賛に値すると考えているが、彼の着任前は、改善というコンセプトが浸透していなかった。業務の流れについて誰もが疑問を持たなかったという。物事を進めるのに正しいやり方だと受け入れ、変える必要はないと思っていた。しかし、目まぐるしく変わるクラフトビールの世界では、変化は必要で、避けられないものだ。岡は伝統を保ちながらも、より効率的で、より良い方法があるということを証明するために科学を導入することにした。そこでヤッホーの出番というわけだ。
ヤッホーの設備が整ったラボと、経験豊富なスタッフを最大限に活用し、品質管理と、異なる手法でより良い結果を生み出せることを実証しているところだ。銀河高原で、独自に同レベルのラボをつくるには、莫大な費用がかかる。才能あふれたスタッフを岩手県の農村地域に集めるのもひと苦労だ。今年、夏限定でパートタイムの物流スタッフを2人探すのだけでも4か月かかった。そのような状況で、ヤッホーのラボを利用するのは明らかに最善の手段だ(利用料は支払っている)。
岡は、酵母の環境には改善の余地があると考えている。銀河高原で使用される水は軟水(硬度9mg/L)だが、酵母の増殖には無機成分が必要で、通常、ブルワーはミネラル分を追加する。しかし、銀河高原はビール純粋令を順守しているので、ウォータートリートメントができない。したがって、酵母にとっての最適な環境(酵母活性のもととなるタンパク質やpHなど)を作り出すために、マッシングを工夫してコントロールしている。このプロセスは、創業以来ほとんど変わっていない。
岡は、こう話す。「どのスタッフにも、どう改善できるのかを研究して、記録をつけてほしいのです。それらのデータから、なぜその発酵度になったのか学ぶことができます。発酵に最適な環境をつくり出すために、どれくらいの酸素が必要なのかを理解できます。この領域で向上を図るために、データの計測と記録する手順を組み入れました」
銀河高原には現在ブルワーが5人いる。これまで、彼らは現場で教わったこと以外はほとんど学んでこなかった。岩手の奥深い場所にいるので、ほかのブルワーと交流を持つことが難しいのだ。これは大きな問題だと岡は考えている。「ここ最近までは、彼らは20年間頼ってきた伝統的製法を重んじていたため、ほかのブルワーの意見を聞く必要性を感じていませんでした。しかし、私は伝統を大切にしながらも、改善はし続けるべきだと思っています。今では、ほかのブルワーと積極的に交流し、技術向上に努めるよう促しています」
結果、ブルワリーのスタッフは、学ぶことに積極的な姿勢を持つようになった。類似したスタイルのビールをつくる、ほかのブルワリーを訪問することを岡は支援しているそうだ。岡は、ブルワー仲間と深くつながりを持つことが大切だと考えている。そして、銀河高原も醸造所のドアを開けて、ほかのブルワーの訪問を受け入れたいと話す。
ブルワリーでの課題以外にも、まだ取り組むべきことがある。岡は、まだクラフトビールを飲んだことがない多くの消費者の市場があると感じている。大量生産のラガーから、すぐにウェストコーストIPAに移行するのはハードルが高い。しかし、伝統的なドイツスタイルのヴァイツェンやペールエールなら、敷居が低いのではないかと考えている。もちろん、中には「エクストリーム系(過激な)ビール」に進む人もいるだろうが、クラフトビールの入り口として、新しい消費者を取り込むことができると感じているのだ。
クラフトビールファンの間でも、エクストリームなビール以外も飲みたいと思っている人たちが数多くいるのではないかと岡は考える。質の高いビールを、いろいろな種類試したいと思うファンは多い。伝統的な手づくりのビールを飲んでみたい層も一定数いるはずだ。彼は、ブリマーブルーイングのポーターとTDM1874のブラウンポーターを、バランスの取れた美味しいビールの例として挙げた。岡は、このようなタイプのビールを飲みたいと思う消費者の数が過小評価されていると強く思っていて、この層に銀河高原がアピールできると確信している。
銀河高原にとって最大の市場は東京とその周辺地域だ。購買層は、家で飲む頻度が高い人たちで、大手のラガーや発泡酒とは少し違うものを求める社会人が大多数を占める。銀河高原のビールは、主にスーパーマーケットやコンビニで、缶で売られている。ヤッホーの商品は店頭で数多く並んでいるが、銀河高原も、親会社の契約に乗っかることはできないのだろうか?
岡は、ヤッホーと銀河高原の経営は完全にわかれているのだと説明する。銀河高原の営業スタッフは、販売店舗と直接取引している。ヤッホーの代表取締役社長、井出直行は、銀河高原に結果を求めるが、どのように目標を達成するかについては指示を出さない。ヤッホーは、醸造技術と品質向上以外には援助を行っていないと岡は話してくれた。銀河高原のビールはすべて岩手の醸造所でつくられ、ヤッホーの施設でつくられることは検討されていない。
岡は、銀河高原を日本で再びトップブランドに押し上げるのに5年間の猶予を自らに与えた。大胆な計画だが、岡は実行可能だと信じている。市場は20年前と比べるとまったく異なっている。国内外のメーカーがひしめき合い、競争が激しい。そのような状況下で、どのように勝ち上がっていくつもりなのか尋ねた。
岡は、違う考え方を持っていると主張した。「他社のヘフェヴァイツェンに打ち勝とうとは思っていません。市場を拡大することを考えています。また、ほかのクラフトブルワーを、我らの競争相手だとは思っていないのです。クラフトビールを飲んだことのない、潜在的消費者にどうアプローチするかを考えているのです」。協力し合うことで市場が成長し、全員に利益をもたらすと確信しているのだ。
「私の最終的な目標は、クラフトビールの文化を日本に伝えることです。決してお客さんに銀河高原ビールしか飲んではダメだと言うつもりはありません。銀河高原ビールを飲んだあとで、クラフトビールに興味が出て、文化が広まっていけば私は幸せなのです」
次の大きなステップを踏み出すのに、障壁はあるのだろうか?
「酒税法は確実に妨げになっています。自家醸造を合法にすれば、確実に市場は拡大するでしょう」
そのためには政治家に動いてもらう必要がある。しかし、彼らには、わざわざ法律を改正する理由なんてない。財源が豊富な4大企業ではないクラフトブルワリーが、どうやって政治家に声を聞いてもらうように説得できると考えているのだろうか。
岡には、このような話がある。「この間、ブルックリン・ブルワリーの共同創業者スティーブ・ヒンディと話をしました。日本のクラフトブルワーは、一つのグループとして、もっと一致団結して協力する必要があると彼は話していました。今現在、ブルワリーは数多くありますが、たいていは個々で変化を起こそうとしています。彼は、それだけでも称賛に値すべきことだと言いますが、それだけではうまくいきません。全国レベルで我々の声が届くように、米国のブルワーズアソシエーションのように一つの強固な団体として、結束しなければいけません。私も含めて、すべてのブルワーが一体となって、決意を表明し、行動を起こすよう求めていく必要があります」
銀河高原ビールのCEOであり、国際ビアジャッジの岡秀憲は、団体のまとめ役としてぴったりに思える。そこで、彼にその大役を務めるつもりはあるか尋ねた。
「是非やりたいです! ですが仕事に行くと、やらなければいけないことが山のようにあるのです。クラフトビール会社のトップはだいたい似たような状況にあります。なにかしら団体をつくりたいと考えている人たちは多くいると思いますが、まず自分の会社のことを気にしなければなりません」。彼が、この責任ある役を果たせず、残念に思っているのは明らかだ。
それを強調するように、彼は続けた。「時間が足りないとスティーブに嘆いていたとき、彼は『私の本を読みましたよね? 米国でも同じ問題を抱えていました! 米国のすべてのブルワーは忙しいのです。そして皆バラバラの意見を持っていました。日本と状況は同じです。文化は違いますが、できないという理由にはなりません!』と語気を強めました。そこで私は『たしかにそうです。最善を尽くします』としか言えませんでした。個人主義のアメリカ人が一つに結束できるなら、(より集団志向の)日本のブルワーもできるはずです」
たしかに、岡は多くの荷を背負っている。課題は山ほどあるが、彼は挑戦することをいとわない。彼が登ってきた山のように、真のリーダーのごとく、山頂に到達するつもりだ。2015年、彼はアラスカ州にあるデナリの登頂に成功した。標高6190メールの北米最高峰では、何人もの登山者が命を落としている。生半可な決意では頂上にたどり着くことはできない。ヤッホーは、成功するために最適な資質を持った人物を選んだようだ。岡率いる銀河高原は、5年後、10年後、親会社であるヤッホーを抜き、日本のトップに君臨することはできるだろうか? 時が経てばわかるだろう。筆者は応援している。

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