Yokohama, Beer City Japan

横浜は日本で初めてビール醸造所が作られた街である。巨大酒造メーカー麒麟麦酒も元をたどれば一人の若きノルウェー人が1870年横浜・山手に開設した小さな醸造所がその起源。彼はノルウェーで生まれ、アメリカに渡ってからウィリアム・コープランドという英語風の名前を名乗った。醸造所の近くでビールの原料となる上質の地下水(スプリング)が採れたことからスプリング・バレー・ブルワリーと名前を付けられた同醸造所については現在、麒麟麦酒の高い知名度のおかげでコープランドの物語とともに語り草になっているが、厳密にはここが日本初のビール醸造所というわけではない。スプリング・バレー・ブルワリーの他に当時少なくとももう一つ醸造所が出来たことが知られており、同じく山手の外国人居留地に開設されたジャパン・ヨコハマ・ブルワリーは1869年に開業している。外国人の居留地では舶来品のエールの人気が高かったことから、それがコープランドの起業の動機になったといわれている。ビールの広告は1861年に初めて新聞広告として登場、ドイツビールを提供するビアホールがすでに1865年に開店している。

コープランドの事業は当初軌道に乗り、醸造所敷地内にビアガーデンも作られたが、やがて彼は今日の地ビールメーカーも頭を悩ませている「流通の問題」につまずくことになる。全国でビール醸造所がチラホラ出来始め、競合が増えてきたことも彼の経営を圧迫し、1884年にコープランドの醸造所は公売に掛けられることになった。しかしその一方でビール自体の人気は上がり続け、その後同醸造所の土地と設備を引き継いだ「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」の事業はさらに1907年に麒麟麦酒株式会社の創立とともに受け継がれた。コープランドの醸造所は長くは続かなかったわけだが国産ビール黎明期においてその歴史の一翼を担ったことは間違いない。そして彼が持っていた逞しい起業家精神は横浜という街が持つ独特の時代精神の中でも大きな意味があった。今日の地ビール造りも日本各地で起業家的精神に根差して行なわれているわけだが、横浜はその歴史からみても日本のビールの中心地にふさわしい街といえるのではないだろうか。

当時横浜にビール革命を起こさせたこの街の特徴の多くは現代に本物の地ビール革命を起こしている原動力と共通のものである。活発な経済、健全な人口動態、よく整備された交通網(羽田空港へのアクセス)、コミュニティ意識の高さ、ゆったりしたライフスタイル・・・。特に最後に挙げた二つの特徴はアメリカでの地ビール革命においても重要な役割を果たした。そしてもちろん、現代の地ビール革命を先導し、地ビールの大きなうねりを作ってきた先駆者たちが横浜に居ることを忘れるわけにはいかない。

実際に醸造所があってこそ、地ビールの街である。優れた醸造技師、鈴木真也が醸造長を務めた横浜ビールは2010年、自慢のピルスナー、ダークラガーなどのラインナップに、ホップを効かせた力強い風味が特徴の「プロレスシリーズ」を新たに加えて話題を呼んだ。その鈴木は昨年末横浜ビールを離れ、吉田町に小さな醸造所「ベイ・ブルーイング」の開設を目指し現在準備を進めている。彼が造るビールへの称賛の声に独立を後押しされたようにも思えるが、彼自身によれば「ビール造りを始めた頃から将来の独立が夢でした。こんなに早く実現するとは思っていませんでしたが。振り返れば6年前に横浜ビールに入社、3年後には醸造長になっていました。生まれも育ちも横浜でこの街が大好きです。いつかは横浜もチェコのプラハやアメリカのサンディエゴのように地ビールの聖地みたいな存在になってくれたら楽しいですね」とのこと。事実、鈴木は横浜ビアサミット(飲み放題ビールパーティー)を主催したり、昨秋にもビールフェスティバルを開催したりして横浜ビール都市計画を強力に推し進めている。今年6月の本格稼働を目指しているベイ・ブルーイングは一体どんな醸造所になるのか、鈴木に聞いた。

「法定最低製造量年間6キロリットルの発泡酒製造免許を申請しています。年間最大24キロリットルの製造が可能な設備をもっています。また7年後をめどに年間120キロリットル規模まで設備を拡張したい。当初は樽のみで醸造を行い、チェコスタイルのピルスナーや同じくチェコスタイルのアンバーとダークラガー、ヴァイツェン、アメリカンペールエールとIPA、そしてポーターも造る予定です」。そして醸造所内にパブも併設するという。鈴木は現在でも横浜ビールと親密な関係を持ち、たくさんの有名地ビールレストランとも人間関係を築いているが、競合の存在をどう考えているか聞いてみると、「競合は多いほど地ビール業界にとっていいことだと思います。そしてこれからビール造りを始めたいという人たちに何か手助けになるような事があれば是非協力していきたい」と語ってくれた。素晴らしい志ではないか。

鈴木を失った横浜ビールは醸造長に五条を迎え、新体制でビール造りを行なっている。新しく醸造長になった五条は今後の展望に自信を見せ、「チェコスタイルのビールも引き続き残しますが新たにホップを効かせたアメリカンスタイルのビールを導入したいと考えています。個人的にはベルギービールが好きなのでベルギーのビール酵母を使ったものを造ることも考えています」と話してくれた。ベアードビールが最近オープンさせた馬車道タップルームについてはどう思っているだろう?

「競合店が近くに出来ることを最初はむしろ歓迎したのですが、実際あちらの影響でここの売り上げは落ちてきています。もっと競争力を付けていかなければいけないと思います」。

ベアードブライアンとさゆりの夫婦チームが横浜ビールからすぐのところにベアードの4店目となるタップルームを最近オープンさせたことは地ビール業界にとって、そして横浜にとって大きな出来事だった。数々の賞を受賞してきたベアードが造る世界品質の樽生が20種以上、他社の樽生も数種取り扱う。横浜ビールをもろに意識したかのようなロケーションだが、実はその物件は全くの偶然で見つけたものなのだ。ベアード夫妻が昨年9月に新しいタップルームのための場所探しをしていた時に私たちは横浜市内の良さそうな場所を何箇所か案内した。一緒に横浜ビールを訪問した後、別のエリアに移動中たまたま夫妻の目に留まったのがあの物件だった。しかも幸いにも空き物件だった。それから4カ月経った1月15日、3フロアを持つ馬車道タップルームが華々しくオープン。料理長チャック・モローが長年の経験を活かし、本物のピットオーブンで時間を掛けてゆっくりと焼き上げたアメリカンスタイルの極上バーベキューがビールと共に供される。横浜を選んだことについてベアードブライアンは「独自の文化と国外に開かれた歴史、洗練された雰囲気にとても魅力を感じました。横浜で展開しているビール文化も素晴らしいですし、私たちも横浜のビール文化の発展の力になれればと思いました」という。

横浜ビール、馬車道タップルーム、そしてベイ・ブルーイングはお互いに歩いて数分のエリア内にあり、さしずめ「地ビールトライアングル」といった感じになっているが、この圏内には他にも地ビールバーがいくつかある。その名もCraft Beer Barは数ブロック先の路地裏にあり、洗練されたイメージの店内は客の年齢層も比較的高めで落ち着いた雰囲気。野毛地区にあるのは、最近2種類の国産地ビール樽生と2種類のベルギービール樽生の計4種類の樽を置くようになったApollo。随時ローグの樽生も入るとのこと。1ブロック離れたところ、都橋商店街にある小さなスタンドバーEl Nubichinom(エル・ヌビチノ)も何種類か地ビールを樽生で出している。Craft Beer BarからすぐのところにあるThree Lions Pubも最近地ビールをメニューに加え、石川町のCharcoal Grill & Bar Greenでは随時種類が変わる3種類の地ビール樽生とともに美味しい料理も自慢だ。ここの料理は本当に美味しいと思う。

横浜駅方面にもすぐに思い浮かぶバーが2つある。横浜Cheersのオーナー堀川は日本の地ビールの中でも特に地方のあまり知られていないビールを紹介しており、沖縄に4つある醸造所から13銘柄を取り寄せ、それらをメインにした店内イベントを定期的に開催している。またThrash Zoneは小さいながらとてもユニークな店構えと雰囲気で熱心な固定客を持っている。オーナー勝木の「ビールも音楽もエクストリーム(過激)なものが好みです」という言葉通り、ここはヘヴィメタルをBGMにしている。そして置いているビールはアメリカのビールの中でも特に苦味が強くて味の濃いものが中心。ヘヴィメタルには興味は無いけど過激なビールの味を楽しみに行く、そんなお客さんも多いようだ。

Thrash Zoneのビールのほとんど、そして馬車道タップルームが置いているビールの中でベアード以外のものもそうだが、これらのビールはStoneやBear Republicといったアメリカの人気銘柄の輸入・卸業を行っているナガノ・トレーディングによって輸入されている。同社の代表アンドリュー・バルマスは「私たちが本社を横浜に移したのは、横浜という街におけるビジネスとライフスタイルのバランス感覚が理想的だと考えたからです。ナガノ・トレーディングは2年間倉庫会社を探してきましたが適当なところが見つかりませんでした。Thrash Zoneの勝木さんに事情をお話ししたところ、勝木さんのお知り合いやお店のお客さんの中に農産物の輸入関係のお仕事をしている方がいらっしゃるということで横浜の便利な場所にある倉庫会社を紹介して頂けることになりました。紹介して頂いた倉庫会社の人たちは商品の低温貯蔵の重要さをよく理解しておられたのですぐに話がまとまりました。横浜の魅力というと色々ありますが、地ビール造りが盛んというところもいいですし、ゆったりしていながら洗練された雰囲気を持っているのが魅力ですね。私たちも早く横浜に溶け込んで新しい取引先が増えてくることを楽しみにしています」と話してくれた。新たにナガノ・トレーディングの取引先となって美味しい地ビールを飲ませてくれるお店が今後増えてくれることだろう。

さてここまで横浜の地ビール業界を引っ張ってきたお店などを紹介してきたが、今後が楽しみなお店なども紹介しておこう。御殿場高原ビールで醸造長を務めていたスコット・ブリマーが独立、横浜市郊外の静かな立地に新しい醸造所を作っており今年の夏の稼働開始を目指している。当初は醸造所のみの予定だがゆくゆくはパブの併設も考えているとのこと。保土ヶ谷区天王町にあるPivo屋はチェコから樽生を直輸入しており、ここもビール好き御用達の店となっている。また青葉区には地ビール厨房CopaとKeel’s Bar Houseという二つのお店があり、どちらも地ビールを樽生で提供しているが、そのロケーションも相まって隠れ家的な魅力がある。そして最後に特にスポットを当てたいのが、パントマイムサーカスの演出家であり世界的な活躍で知られるIKUO三橋が経営する野毛の小さなバー、Le Temps Perdu(ル・タンペルデュ)。ベルギービールメインの店でオープンからもう20年以上になる。三橋は誰もベルギービールの美味しさを知らなかった頃からその魅力を伝えようと頑張ってきたのだ。

横浜へのビール旅行を考えている方々にはフェスティバルの時期に合わせて日程を組むことをお勧めしたい。毎年9月に大さん橋ホールで行われている「ジャパン・ビアフェスティバル横浜」(通称ビアフェス横浜)は3日間にわたって、国内外から多数のビールメーカーが参加する大規模なイベント。主催の日本地ビール協会会長の小田良司によるとイベントの開催にあたっては地方自治体からの援助にも大変助けられている、とのこと。みなとみらいにあるTsubasa Café(ツバサカフェ)は昨年、大規模なベルギービールフェスや、鈴木真也企画の国産地ビールフェスティバルも開催した。鈴木真也企画のイベントは今年も楽しみだ。赤レンガ倉庫では例年オクトーバーフェストが開かれているが、多くの参加者たちからビールの値段の高さに対する不満の声が聞かれる。さらにこのイベントではギネスやキリンビールも出品し、あまりにも営利目的のイベントとしての色合いが濃くなりすぎているように思える。赤レンガ倉庫と利害関係がある企業はどこか、それは読者の皆さんの想像にお任せするとして、本誌が前向きに取り組んでいるイベントにも是非ご注目頂きたい。本誌は横浜で2か月に1回のペースで80人程度の小規模なイベントを開催している。イベントは毎回、美味しい食事と地ビール、横浜港クルーズと地ビール、音楽と地ビール、チャリティーと地ビール、など地ビールと何かを組み合わせるというコンセプトで開催。毎回エキサイティングな組み合わせにチャレンジしているので是非本誌ウェブサイトでチェックしてみて欲しい。

横浜に地ビールが根付いているのは特定の個人や団体の力によってではなく、その環境によるところが大きい。例えば横浜の家賃の平均が東京の70%程度であるという事実も飲食店が東京よりも安くビールを提供できる理由の一つになっている。安く飲めるということは客にとっては当然有難いことであり、お客さんが増えることにもつながる。しかし横浜の人は一人一人が地ビールに対する意識も関心も高く、しかも協力的である。しかし横浜に限らず、全国のどこの街の人も地ビールに対する関心を育む可能性を秘めている。少人数の集まりがパーティーになり、パーティーが集まればフェスティバルになる。そして地ビールに対する関心が高まり、地ビールを扱う店が増える。そのような状況が進んで、ある時点まで来たら爆発的なブームを迎えるのではないだろうか。横浜からは当分目が離せそうにない。盛大なパーティーが始まろうとしている。

by Ry Beville

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